自己満上等ォォォ!!
兵士達はもちろん、正直俺も参っていた。
戦況は思わしくなく、更に追い討ちをかけるように天候に恵まれなかった。
最初から楽な戦ではないとわかっていたが、宿営地には重苦しい沈黙が横たわっている。
皆傷つき疲れ果て、顔には影がさしていた。
そんなか先ほど伝えられた、重要地点崩落の報せ。
敵が確実にここに迫りつつあった。
夜明けと共に総攻撃を仕掛けてくるだろう。
俺はひとつため息を吐くと、声を張り上げた。
「敵の総攻撃が開始され次第、本部を置いたまま退却する!」
そこにいた誰もが目をむいた。皆言葉も出ないと言う様に、俺を凝視している。
予想通りの反応だった。
「食料も、予備の武器・弾薬もすべて置いてだ」
相変わらず皆何も言わないので、いいなと念を押した。
すると一人の兵士が敬礼しながら叫んだ。
「恐れながら申し上げます!敵に背を向けるくらいなら、奴らと一戦交えて死ぬ方がマシであります!」
すると「私もであります!」「私もです!」と声が上がった。
さっきまで既に負けたような顔で地面に座り込んでいた者達が皆立ち上がっていた。
俺はその変わり様に、思わず声を上げて笑った。頼もしいと思った。
「オケハザマノタタカイを知ってるか?」
皆、訝しげに俺を見る。一体何を言い出すんだ、と。
俺はニホンと言う東洋の国であった戦いらしいんだが、と前置きを打った。
「劣勢だったあるサムライが、怖気づいて逃げ出した…
しかしそれは見せかけで、そいつは敵が油断したのを見計らい、とって返してそいつは見事勝利を収めたらしい」
そこまで話すと皆、俺が何を言いたいのかわかったようだ。
目に闘志が戻ってきた。
俺は口角がにやりと上がるのを禁じ得なかった。
「最終地点を守る者にもこれを伝え、敵の攻撃開始と同時に退却するよう伝えろ!」
「はっ!」
「ここも退却の準備を!あくまでも怖気づいて逃げ出すと見せかけることを忘れるな!」
「はっ」
兵士達はそれぞれの準備に忙しく動き回り始める。
軍に活気が戻ってきた。
俺は空を見上げた。
細くかけた月が、それでも鈍く光を放っている。
の目を思い出した。
あいつは時折俺をこういう目で見るんだよなぁとぼんやりと思う。
手紙を出せなくなって随分経つが、どうしているだろうか。
…もっとも、手紙を出したところで返事は来ないので彼女の近況はどちらにしろ不明だが。
「あーあ、嫌われてんなぁ俺」
自然と苦笑が漏れた。
それもそうか。侵略した上に、無理やり国からつれてきたのだ。当然だよな。
オケハザマの話は、が唯一俺に楽しそうにしてくれた話だ。
ニホンに興味があるらしく、本で読んだと言っていた。
おかげで俺達はこの危機的状況を勝利へと転換できそうだ。
そう言ったらはきっと悔しがるだろう。教えなければ良かった、と。
俺が国へ戻ったら、あいつはきっと残念がるに違いない。
容易に想像できる嫌そうな顔さえも愛しくて、俺は月を見上げたまま笑みを深めた。
ざまーみろ!
お前は大嫌いな俺を二度も助けたんだぞ。
(一度目はお前に会いたいがために死にたくないと思ったとき、)
(二度目はお前のしてくれた話を思い出したとき)
『Enigma』 20080206 あとがき