自己満上等ォォォ!!
ゆっくりと、音を立てないように、細心の注意を払って戸を開ける。
細く開けた隙間から中を覗き込むと、玄関の石畳の上には草履が一足だけ。
それにひどくホッとして、草履を脱ぐと奥へと進む。
玄関に一番近い襖が、居間だ。
勢いよく襖を開けて、叫ぶ。
「ただいま 兄さん!」
自分の顔が笑っているのがわかる。
玄関を確認した時に感じた、一抹の寂しさに気づかないふりをして。
大丈夫、私はちゃんと笑えている。
「!今までどこにいたんです?!」
兄さんのいつも通りの言葉。でも普段と違うことがひとつ。
兄さんの顔。
痛みに耐えるような、苦しそうな、そんな表情を浮かべている。
兄さんの、ここまで露骨な表情は珍しい。私は不安になる。
「...何か、あったの?」
「...どうしてもっと早く戻らないんです」
「え...?」
「イギリスさんがいらっしゃると、前もって言ってあったはずです!」
ああ、なんだ...そのこと。正直拍子抜け。
「イギリスさんと戦争することになりました」くらい言い出しそうな顔して、言いたかったのはそのこと?
「...だから出かけたんじゃない」
そう、イギリスさんが来ることを私は知っていた。
だから逃げ出した。
だから玄関の戸を少しだけ開けて、イギリスさんの靴がないことを確かめた。
「なんて事を!イギリスさんは、ずっとあなたを待ってらしたんですよ?!」
「...え?」
待ってた?イギリスさんが私を?どうして?
「...そんなはずはないわ、兄さん。何かの間違いよ」
だって彼は私が嫌いだもの。
そう言って笑うと、兄さんは目を見開いた。
「やだ、兄さん。そんなに驚くことじゃないわ」
私は本当に可笑しくなって、思わず笑ってしまう。
ふふっと漏れたその声が、悲しそうだと他人事のように思った。
兄さんはと言うと、「何を馬鹿なことを!」と言って片手で顔を覆った。
馬鹿なことじゃないわ、兄さん。彼は本当に私を嫌っているのよ。
目が合うとすぐにそっぽを向くのよ。他の女の子にそんなことしないの知ってるんだから。
話しかけると、不愉快そうに顔を歪めるの。これだって、他の女の子にはしないのよ。
他の女の子には、正に紳士の国のその態度で接するの。
私に対しては、キライだって露骨に態度に出るのよ。
「...ほらね、嫌われてるでしょ」
視界が滲むのがわかった。前からわかっていた事だというのに、口に出すと辛かった。
私はイギリスさんが好きだから。
好きな人に、冷たく、不愉快そうに扱われるのは耐えられなかった。
例え表面上だとしても、女性として扱われる他の女の子を見ていられなかった。
だから出かけた。イギリスさんから、逃げた。
とうとう泣き出した私を見て、兄さんは驚いているようだった。
思えば、涙を流したのは久しぶりかもしれなかった。
「...」
優しく頭を撫でてくれる。
それは昔、泣き虫だった私によくしてくれたもので、懐かしさにいっそう涙が溢れる。
そんな私に、兄さんは真っ白な封筒を差し出した。
それは西洋のものだった。
困惑しながらそれを受け取ると、紙の重さではない。
兄さんを見れば、兄さんは少し辛そうに微笑んでいる。
「、よく聞いてください」
こくりと頷くと、兄さんも頷いた。
「イギリスさんは、近く戦争に行かれるそうです」
「...え」
聞かされた話は、予想もしなかったものだった。
「相手はなかなかの強国で、おそらくイギリスさんも無事では済まないでしょう」
「そ、そんな...」
「それどころか、最悪の場合は...」
頭が真っ白になった。
イギリスさんが、いなくなるかも知れない...?
思い出せるのは、不機嫌そうな顔ばかりだけど。
聞こえるのは、ぶっきらぼうな物言いばかりだけれど。
そんなのは絶対に嫌だ。
呆然とする私をそのままに、更に兄さんの話は続く。
「...イギリスさんは覚悟を決められていました」
嘘...嫌...
「今日はそのご挨拶と、援軍の要請に。それから...あなたにそれを、と」
言われて手に持ったままの 封筒を見る。
開けてみるように促されて、封を切る。
逆さにすると、出てきたのはシルバーのリングだった。
シンプルな造りで、装飾は施されていなかったが、どこか繊細で美しい。
光を受けて、キラリと光る。
「これは...?」
「...イギリスさんに言われました」
兄さんはそこで一度、言葉を切った。
「もし俺が勝ったら、を俺にくれないか、と」
イギリスさんは、あなたを好いていてくださるのですよ。
そう言って微笑む兄さんの顔を、私は呆然と見つめる。
信じられなかった。ずっと嫌われていると思っていたから。
思わずその場に座り込む。
イギリスさんが、私を...?
驚きすぎて、何も考えられない。
「...もう少し早く戻ってくれば」
兄さんが渋い顔でそう呟くのを聞いて、私はようやく我に返った。
「兄さん、イギリスさんがお帰りになったのはいつ?」
「ほんの15分ほど前ですよ。本当にすれ違いです...」
それを聞いて私は自分の部屋の箪笥まで走り、袴を取り出すと急いで穿いた。
兄さんが追ってきて、私のいきなりの行動に驚いている。
「!はしたないですよ!襖くらい閉めて着替えなさい!」
「いいの!お嫁の貰い手はもう決まってるんだもの!」
「袴なんて穿いて、一体どうするつもりなんです?!」
「決まってるじゃない」
私は兄さんを振り返ると、にっこり笑った。
まだ間に合うわ、走るの
(箪笥の扉に備え付けられた鏡に、私の心からの笑顔を見つけた)
*こちらよりお題をお借りしました。
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